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7月4日追記:私事ですが、7月15日以降マニラから地方への移動が許可される見込みなので、封鎖期間中(外国人の入国制限が解除されるまで)、感染拡大が続くマニラを離れビコール地方の農場で在宅勤務する予定です。マニラでの業務は相棒に動いてもらう予定ですが、なにかとご不便をおかけすることになるかと思いますが、よろしく、ご容赦願います。 7月1日追記:マニラ首都圏をはじめとする主要地域の防疫区分がGCQ(一般地域防疫)のまま, 7月15日まで継続されることなりました。感染状況が一向に改善の方向にないことからの決定と考えられます。一方、セブ市においてはECQ(強化地域防疫)が継続されており、警戒が喚起されています。緊急大使館情報(7.01) 6月16日追記:マニラ首都圏をはじめとする主要地域の防疫区分がGCQ(一般地域防疫)のまま, 6月30日まで継続されることなりました。感染状況が一向に改善の方向にないことからの決定と考えられます。なお、セブ市は逆にECQに指定され規制が強化されています。緊急大使館情報(6.16) 6月6日追記:6月8日からのPRAの業務再開に先立ち、その運営についての通達が発行されました。業務の基本はオンラインによること、そして、面会は事前のアポをとった場合のみ許され、アポ無しの訪問は受け付けてもらえません。なお、毎週水曜は閉鎖されます。PRA通達(6.5) 5月31日追記:マニラ首都圏を中心に広範囲の地域が6月1日から15日までGCQ(一般地域防疫)に緩和されることになり、入管、PRAなどの役所、公共交通、銀行などが機能回復します。なお、PRAの業務再開は6月8日となります。緊急大使館情報(5.29) PRA通達(5.30) 入管通達(5.29) 5月17日追記:ECQ(強化地域防疫)、MECQ(修正強化地域防疫)、GCQ(一般地域防疫)、MGCQ(修正一般地域防疫)の各段階の規制詳細規定が施行され、セブ市がECQに変更されマニラ首都圏周辺がMECQ、その他の地域がGCQに指定されています。緊急大使館情報(5.17) 政府通達IATF Resolution NO.37 IATF Omnibus Guideline(サマリー)参照。 5月13日追記:フィリピン主要地域の封鎖がほぼ同様の条件で5月31日まで継続されることになりました。緊急大使館情報(5.13)緊急大使館情報(5.14)参照。 […]

お知らせ



7月1日からは封鎖がさらに緩和されるものと期待していたが、あえなく7月15日まで現状維持と発表され、その期限も近づいてきた。今度こそMGCQ(もっとも緩い隔離措置)と期待出来そうなので、在宅勤務であるならば、どこにいようと関係ないと、キアンを伴ってビコールの農場に疎開することにした。 仮に7月16日からMGCQになったとしても、毎日1000人を超える感染拡大が止った訳でもないので、当面、20歳未満と60歳以上は在宅自粛が求められ、外国人の入国も許されず、本業のビザ取得サポート業務も開店休業状態だろう。さらにPRAも半身不随でID更新のアポをとるだけでも容易なことではなく、当方としては最低限の業務をこなすことしかできない。この状態がいつまで続くかわからないので、当面、ビコールの農場で過ごすのが肉体と精神の健康を維持するために賢い選択というものだ。マニラへの帰還の目安としては、とりあえず外国人の入国が許されてPRAが本格稼動するまで、あるいはキアンの学校が再開されるまでということだとうが、数ヶ月に及ぶ可能性もある。 そもそも、この話は、今回の封鎖期間中、嫁の田舎に疎開していた息子が、それに懲りて、今度、地方への移動が許されたら、ビコールの農場に疎開したいと言い出しのがきっかけだ。3ヶ月間の田舎のスコーターでの暮らしは、なんだかんだ言っても辛かったようだ。それで、7月16日以降の封鎖緩和を見越して、息子一家、そしてキアンを伴って一年ぶりに農場に行こうということになった。それを聞いたキアンは飛び上がって喜んだのはいうまでもない。 問題は、ママ・ジェーンがキアンの一人旅を許すかどうかなのだが、キアンはどうせ許されないと、はなからあきれめ顔だった。しかし、意外にも、自分も、他の二人の子供を連れて2~3週間ジョインすると言い出したのだ。彼女としても週に一度の外出(食料の買い出しとPRAの用件など)だけで、毎日、料理と昼寝に明け暮れるのもいい加減に飽きが来ているに違いない。それに他の子供達も4ヶ月もの間、家に閉じこもりっぱなしというのも良いはずない。ママ・ジェーンも一緒という話を聞いたキアンの顔が一瞬、苦虫をつぶしたようになったのは、まさに(笑)だ。いずれにせよ、ママの承認が取れたとキアンは上機嫌だった。 そして、私は、数ヶ月の農場滞在、在宅勤務の準備構想に思いをめぐらせた。まず、業務に必須なのがパソコンとインターネット、パソコンは現在使っている環境をそのまま持って行くことにした。別途同じ環境を整えることはあまりに面倒な作業だ。もちろんスキャナー付のプリンター、さらに田舎では停電が頻繁に起るのでUPS(無停電装置)が必須だ。しかし、これらの装置全部持っていくと、マニラでママ・ジェーンが何も出来なくなるので、予備のプリンターのインクを買って動くようにしておくことも必要だ(古いプリンターはインクカートリッジ式なのでインク代が高いが、少量なので良しとした)。インターネットは家庭用のWifiを購入して持参するつもりだが、果たして十分機能するかやってみなければわからない世界だ。去年はだめだったが、この一年の間になんらかの進歩があるだろうとの期待だ。それがだめだと在宅勤務もままならないので、毎日街にでて、E-メールを使わなければならなくなる。 さらにキアンのカシオ電子ピアノの持参もオンラインレッスンに必須だ。水泳用具一式、私の精進料理用の食材(2か月分)、糖尿病の薬(2か月分)などと、まるで引越し騒ぎとなってきてしまったが、旅行と一緒でこんな準備が楽しいものなのだ。 ママ・ジェーンは、この機会を捉えて、早速キアンに、歯ブラシを言われなくてもしっかりやることと、私には玉石混交、風が吹けば桶やが儲かる式の条件をつけていた。そして翌日、キアンが早速、ビコールには行けなくなったと、悲しげな顔をして話しかけてきた。ママ・ジェーンに承認を取り消されたというのだ。理由は、歯ブラシが上手に出来なかったからだそうだ。 キアンに行くなということは、私に行くなということに等しい。キアンは私が留守にすると、2~3歳のころから、ベッドの下を探したり、部屋でボーッとして涙ぐんでいたり、よりどころを失ったようになってしまう。それを無視して、私が、2~3ヶ月も一人で家を留守にするというようなことはありえないのだ。ハイスクールに行くころになれば、彼女に夢中になったり、乳離れすると思うのだが、あと数年、私の去就はキアン次第なのだ。 それを歯磨きがどうのこうので、このコロナ禍を逃れて、私の健康と業務を両立するための疎開プランを否定するなど、一体何を考えているのかとあきれる。しかし、どう考えても本気とは思えず、単にキアンのしつけの材料に使っているにすぎないのだろう。それで、「ママはいつでも気が変るので、しっかり歯ブラシをしなさい」とキアンを諭す。案の定、翌日にはOKになったと思ったら、その翌日にはまただめになったとか、キアンの心は乱れるばかりだ。 仮にしつけであろうが、一旦、褒美を与えて、言いつけを守れないから、取り上げるというのは、しつけの原則の真逆だと思う。これをやり遂げたら褒美を与えるというのが原則であるはずだが、ママ・ジェーンの一旦褒美を上げてしまって、それをあとから取り上げるという方式は、子供のやる気を促すのではなくて、やる気を奪うだけだ。おまけにそれでもだめなら、はったおして恐怖心を与えて言うことをきかせるというのは、決して子供の成長を促すことはなく、ひねくれた好ましからぬ大人に育てるだけだろう。 一方、ビコール行きに盛り上がっている間に、15日に封鎖がさらに緩和される見通しが怪しくなってきた。新規感染者は相変わらず、毎日1000人を越え、逆にGCQからMECQに規制が厳しくなるという観測が流れはじめた。そうなるとビコール行きも怪しくなるので、キアンには、歯磨きがどうのこうのよりも、もっと大きなところで、ビコール行きはだめになるかもしれないとキアンと自分に言い聞かせている。さらに、そうなるとPRAも再度閉鎖されるかも知れず、お先真っ暗といったところだ。 状況は大分違うものの、日本も再度感染の拡大が進んでいるが、政府は非常事態宣言も出ししぶっている。フィリピンにおいても、ここで再度厳しい封鎖を実行したら、庶民の経済的打撃から、もはや人心をコントロールできなくなるだろう。したがって為政者は、経済とコロナ感染対策を両立する策を模索しなければならないという難しい状況にある。単に封鎖措置を厳しくして逆戻りというのでは、当方としても、さらに数ヶ月間、マニラで家に幽閉されるという状況に陥ってしまう。直りかけた病気が再発するとショックで闘病の気持ちがなえてしまうというが、全くその通りだと思う。なんと目からうろこの妙手を編み出して欲しいものだが、そうでないと、このまま老いさらばえてしまいそうな気さえし始めている。

農場へのコロナ疎開は果たして実現できるのか 2020年7月11日


6月16日からの封鎖緩和(GCQからMGCQ)が見送られた。MGCQになれば、日本の自粛要請程度のゆるい規制になって、60歳以上、21歳未満の外出も許可され、レストランや遊技場も部分的に開いて、自由度が大幅に向上する。結局、6月30日まで、現在の外出制限と役所、事務所、銀行等の50%稼動が継続することになってしまったのだが、6月30日というのは暫定的なものであり、その後、緩和されるという保証はなく、感染が一向におさまらない状況では逆にセブのように強化されるかもしれない(GCQからECQに逆戻り)。 PRAは8日の再開から、2週間を経て、その運営体制があきらかになった。要は、当初、業務の要と見られていたオンライン申請は全面的に取りやめ、事前予約による面前での申請のみとされている。 再開前の7日にID更新について質問状を発行したが 、その返事が未だに無いという徹底振りだ。さらに、この事前予約もごく少数の来訪者に限定され、2~3週間先でないとアポが取れないという状況だ。しかも一回の面会で原則一件の申請のみ扱うということで、当方のように常に複数の申請を扱っている代行業者にとっては死刑宣告に等しい。こんな状況も未だおさまらない感染拡大に職員を守るための方策であり、いつかは過去のものになるということを信じて、当面、顧客には我慢してもらうしかなさそうだ。 さて、学校も休みが継続しておりも、3月7日以来、4ヶ月目に突入している。したがってキアンのお稽古事もストップしたままだ。ピアノなど自習するよう促してはいるものの、せいぜい現状を維持する程度でしかない。先生も収入の道を絶たれて苦しい状況にあるに違いない。そんな折、ピアノ、テコンドーなどからオンライン・レッスンの声がかかった。ピアノの授業料は8500ペソ/月と70%アップだが、背に腹は代えられない(これは年間で10万ペソに達してドンボスコ・スクールの授業料と変らない)。ドンボスコ・スクールからもダンスや空手のオンライレッスンの声がかかったが、こちらは無料なのでありがたい。 テコンドーや空手はオンラインといわれてもピンとこないが、ピアノとダンスは待っていましたと乗ることにした。ピアノは5年目に入って、やっと人に聞かせる程度まで上達したのでなんとか伸ばしてやりたい。一方、ダンスは知らぬ間にプロはだしのステップを踏めるようになっており、要は天賦の才があるようなのだ。それにずっと家に閉じこもっているための運動不足を補うことも出来るし、ストレス解消もしかりだ。 さて、レッスンの前日、ママ・ジェーンからキアンにラップトップにズームのアプリをインストールするよう命令が下って、キアンが私に助けを求めてきた。すでに準備済みときいていたのだが、前日の夜になって、何も準備をしていないことがわかった。私は、自慢ではないが、アプリのインストールは滅多に成功したことがない。後から良くきくとママ・ジェーンがパスワードを忘れてズームにアクセスできなくなってしまったということらしい。キアンと私が四苦八苦して新たにズーム・アプリをインストール、あるいはインストール済みのアプリのパスワードを回復しようと試みたが、どうにもうまくいかない。ラップトップのOSもウインドーズ8で使ったことがないのでキアンを頼りにせざるをえず、結局ギブアップする以外に手はなかった。 コロナ封鎖が一段落して(GCQに緩和)妻の田舎から戻っている息子に応援してもらおうとしたが、まだGCQだから、他所から人を入れてはいけないとママ・ジェーンは認めようとしない。そこで封鎖中の3ヶ月間、警察で寝泊りしているパパ・カーネルに応援してもらってようやく事なきをえた。彼は、PCR検査で陰性であることが確認されているので入室を許されたのだ。 翌日、オンライン・ピアノレッスンが開始される10時半になってもキアンは準備を始めるわけでもない。催促すると、やっとラップ・トップやイヤ・フォンなどの準備を始めて、先生とうまくビデオ通話が出来るころには11時をこえていた。それでも、何とかレッスンが開始できたのでホットした。 キアンには、エリーゼのためになどポピュラーで人に聞かせられる曲を10曲小学校卒業までにマスターするようにいいつけた。私専用のピアニストとして演奏会を毎日開かせようという魂胆で、ハイスクール卒業までに100曲マスターのターゲットも与えた。 さて、翌日はダンス・レッスンだ。これまた、はじまる時間までに何もしようとしない。時間になって、Meetingとかいうアプリを開けるのでママ・ジェーンのYahooメールのパスワードを教えて欲しいとキアンがいう。「そんなもの知るか、マミーにきけ」とつい声が荒がる。とにかく事前に準備するということができないというフィリピン人の特性を10歳のキアンも十分受け継いでいるようだ。 ダンスのレッスンはXボックスでおなじみの対面でステップをまねするもので、キアンにとってはおなじみの手法だ。キアンに何故、あんなにダンスがうまいのかときくと、Xボックスで練習したのだというので、オンライン・レッスンも効果的であろうと期待できる。はじめはクッキーも参加していたが、すぐにあきて床を転げまわる始末だ。 ひさしぶりに先生と話したり、ピアノやダンスのレッスンをして、ここ3ヶ月間籠りっきりだったキアンはストレス(特に私の算数レッスン)から十分解放された様子で、机に足を投げ出してくつろいでいた。そこで、私が品が無いと注意したところ、脇でクッキーが私に声をかけてきた。見ると、クッキーが机の上に足を乗せて笑っている。 このことをママ・ジェーンに話したら、大笑いをして自分の子供の頃にそっくりだという。英語で天邪鬼(アマノジャク)をなんて言ったらいいのかわからなかったが、 事前準備の悪いことと同様 […]

キアンのオンライン・レッスンが 開始された 2020年6月20日



今週の最大の出来事は、日本政府が海外在住者にも10万円の給付を決定したことだ。安部首相が全ての国民一律に10万円を給付すると発表したとき、当方も日本人である限り、当然支給されるものと思った。しかし、後になって、住民票に登録されているものに限り、さらに外国人にも支給されるということがわかった。我々は日本人でないのか、外国人でさえ日本にいればもらえるのに海外にいるということで、恩恵を受けられないなんて、とんでもない差別だと感じた。日本にいたら10万円なんてと思うかもしれないが、フィリピンではかなり重みがある。この3ヶ月ご多分にもれず休業で収入が全くないので、まさに天の恵みなのだ。 次のニュースは、6月8日にPRAが業務を開始したことだ。オンラインを主体として、事務所での面会は予約制で人数制限があるということ。オンラインは業務を知り尽くしたマーケッター(代行業者)、事務所の面会は退職者向けと理解して前向きに対応しなければならないと決意した。PRA通達(6.05-1) PRA 通達(6.05-2) というわけで、7日の日曜から矢継ぎ早に、ID更新と取消関わる質問、申請済みビザ取消進捗状況、新規取消申請、新規ID更新申請、SRRV申請の事前レビュー、などのメールを大量に発信した。それぞれの申請事項には専門のメールアドレスが設定されており用意周到だ。ID 更新は「id_renewal@pra.gov.ph」、取消が 「cancellation.pra@gamil.com」SRRV申請は 「srrv.preevaluation@pra.gov.pra」など。 10日、水曜日にあらかたメールを打ち終わってみたものの、7日(日)以来送り続けているメールに一向に返事がない。いくら3ヶ月ぶりの業務とはいえ、オンライン・オンラインと大騒ぎして、そのオンラインに返事が無いのでは始まらないではないか。そこで痺れを切らして、果たして上記のメルアドは機能しているのかと、PRA内部のいつも頼りにしているスタッフにヒアリングのメールを送った。 その効果は抜群で、そのスタッフが関係各所に掛け合ってくれて、返事が来はじめた。その結果、どれもこれもがっかりする返事だった。取消申請は、この3ヶ月何の進捗もなし(入管も休業だったのだから仕方がないが)、取消の新規申請は、現状、事前アポで面前でのみ申請を受け付けるというもの、あれだけ通達でオンラインと騒いでいたものが、なんというていたらくだ。一方、ID 更新については、一週間音沙汰無し。要はオンラインが全く機能していないのだ。 事前アポについては、かなり少数に絞られているので、アポを取ること自体が難しく、しかも私は60歳以上なので、いまだに外出禁止令が出されている。こうなると、PRAは再開したものの、当方が手続きを進めることはできないという結論になってしまう。すべてコロナありきで、じたばたしてもどうしようもないので、しばらく様子見ということにするしかないが、件の頼りになるスタッフに事の次第を送って解決策を探っている いまだ、GCQ(一般地域防疫措置)の最中で子供達は外出禁止のはずなのだが、先週土曜なぜかインフルエンザのワクチンを打ちに行った。ママ・ジェーンがワクチン・ワクチンと大騒ぎしているので、まさかコロナのワクチンが出来たのかと心をときめかせたが、単なるインフルエンザだという。しかし、インフルエンザで熱が出たとすると、病院が全うに機能していないのでやばいというのだ。しかも周囲からコロナと疑いをかけられて白い目で見られると、日本と同じく風評被害があるらしい。一方、一般患者がコロナ感染を警戒して病院を敬遠するので収入が激減し、大多数の病院が存続の危機に見舞われているという、日本と似たような現象がおきているそうだ。 しかし、60歳以上の私と子供達がこぞってオルティガスのクリニックまで行くことが出来るのかと不思議に思った。ママ・ジェーンによると、パパ・カーネルが一緒だから大丈夫だという。カーネルのパワーはコロナウイルスにも有効らしい。そんなわけでカーネルの運転でオルティガスの事務所(子供達を取り上げたヒメネス先生)、に向った。途中、そこそこの車は走っているものの渋滞という現象には程遠い。子供達は2ヵ月半ぶりの外出に大はしゃぎだ。末っ子のココは、ほとんど始めてみる外界に目を丸くしていた。 事務所ビルに入る時は詳細を記入して、さらに3人ずつと人数制限をされたが、中に入ってみるとがらがらで何のための入所制限かよくわからない。帰りはカーネルがまだ昼食を摂っていないというので、マクドのドライブスルーに寄ったが、これも久しぶりの経験で子供達ははしゃいでいた。

ワクチン注射に行って来ました 2020年6月13日


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6月1日からマニラ首都圏はGCQに移行して、封鎖が緩和され、社会経済活動が50%ほど復活した。一方、感染者は毎日数百人、一時は1000人を越えるなど収束というよりも拡大傾向にある。これは、PCR検査を増やしたためともいわれるが、日本と比べたら桁違いの感染者数だ。 ホットスポット化したスコーターエリア(スラム)に感染者が集中しているとはいえ、この時点で封鎖緩和どころではないはずだ。しかし、このまま封鎖を続けていたのでは庶民ばかりではなく国家の財政も破綻してしまうという危機意識から国民の経済と人の命のバランスをとろうと緩和に踏み切ったのだ。これはフィリピンばかりではなくて、世界全般の傾向でもあるが、我々の命は自分で守れということだ。 そんな状況を踏まえて、比較的経済的に余裕のある中間層以上が住むコンドミニアムやビレッジでは封鎖緩和前と同様の措置をとるのが一般的傾向だ。すなわち、自主的隔離、食料医薬品の買出し目的以外の外出禁止などを継続しているところが多い。特にコンドミニアムではそこから二人の感染者が出ると、局所的に厳しい封鎖措置が取られるので、住民にとっては大迷惑となってしまうためでもある。 来週月曜(6月8日)から業務を再開するPRAからニューノーマルと称する業務手順がようやく発行された、それによると、オンラインを主体として、支払は銀行振り込み、書類の提出はドロップボックスないし郵送、面会は、最小限にするためにあらかじめアポが必要で毎日限られた数の訪問者しか受け付けないという、これで業務が果たしてこなせるのかと疑いたくなるルールだ。採算など気にもしなくても良い役所だからこそ出来る芸当だろうが、我々代行業者泣かせの面倒なルールといえる。オンラインに慣れれば、かえって出かけて行く必要がなくなって楽になるかもしれないが、当面まごつくことは請け合いだ。しかし、感染防止と銘打てばなんでも通用する時代ではあるので従うしかない。 60歳以上は公的にも外出禁止の身の私としては、相変わらず家に閉じこもっての暮らしだが、人知れずに戦っていることがある。その敵は自分のウンチだ。私とウンチとの格闘は2017年の名古屋旅行、飛騨高山の宿ではじまった。詳細は下記のブログを参照願いたいが、その後、自己流精進料理、特に豆乳で克服して、さらに豆乳ヨーグルトに進化して、勝利を不動のものとした、はずだったが、コロナで行方がわからなくなった。 参照ブログ「硬いウンチで便器が詰まってしまった 2017年6月11日」「自己流精進料理(朝食)の紹介 2018年9月2日」「 豆乳で自家製ヨーグルトに再度挑戦 2019年8月21日」 それが、今回のコロナ封鎖で、豆乳が手に入らなくなってしまって、作戦が狂ってしまった。1リットル入り豆乳パック4箱、3週間くらいのストックはあったのだが、それが切れて、摂取できなくなった。そうすると、一週間くらいで、それまで、ストンと出てきたものが、かなり気張らないと出なくなってしまったのだ。案の定、かなり立派な一物が便器の底に横たわっている。水を流してもしっかりと便器の底にへばりついてびくともしない。 我が家の駐車場にあるゲスト用トイレで用足しをすると、多少の大物もすっと流れてくれるので、これはあきらかに私のトイレの便器の欠陥で、何も私が異常に硬くて大きなウンチを出しているわけではない、はずだ。しかし、これをほっておくとメイドの噂になって、前出のブログのようにママ・ジェーンからきつい小言が出るはめになる。ウンチを柔らかく、小さめにといわれても、これだけは、おのれの意志に従ってくれないのでどうしようもないのだが。 そこでトイレに備えてある。如意棒(写真参照)というか、先端にゴムのお椀をひっくり返しにつけた棒を駆使して、便器内の溜まった水に圧力をかけて一緒にウンチを流すように心がけた。これは案外有効で何度か繰り返すと、流れてくれる。 一方、ウンチの改良計画は、豆乳が無いなら牛乳を使うことを思いついた。よく考えてみたら牛乳を使うのが普通のヨーグルトだ。日本食材店ハッチンで明治ブルガリアヨーグルトを2パック買ってきて、残ったヨーグルトを使って普通の牛乳で試したら、ものの見事にヨーグルトが出来た。しかし、1~2週間たってもウンチの様子に変化はなく、相変わらず豪快なウンチが出てくる。 そうなると如意棒は必須なのだが、ある日、如意棒が消えていた。これは一大事で、きっと誰かが持って行って返さないのだろうと、ママ・ジェーンに聞いてみると、ここでまた、大騒ぎになってしまった。 ジェーン曰く、如意棒の先端の部分にウンチがこびりついていて、床にウンチがついていて、極めて不潔である、したがって捨ててしまった。今後、一切、如意棒を使用しないこと、そして、トイレを清潔に使用することなど、えらい剣幕で告げられた。メイドの目を気にして、ウンチを流しておこうという気遣いが裏目にでたようだ。そうなると、流れない場合は、逆にそのままにして、いずれ流れるときを待つという作戦に出ることで合意した。 しかし、長いこと便器に茶色い水が溜まっているのは気分が悪い。そこで考えあぐねた末に編み出したのが、流す前にウンチを数センチ程度にぶつ切りにすることだ。歯ブラシの柄でも使ってやれば簡単に切れる。これで一発で流れた時は大いに達成感を味わえる。それでもたまには詰まるが、液体石鹸を入れて、2~3回流せば、なんとか流れてくれる。詰まっている時は便器にあふれるくらいに水が溜まってそろりそろりと流れるのだが、詰まっているウンチが流れるたあとは、ざぁーっと水が渦を巻いて流れて実に爽快な気分になる。いずれ便器を交換してこんな手間暇からおさらばしたいところだが、格闘はしばらく続きそうだ。 コロナで世間は大騒ぎだが、私は人知れず、トイレでウンチとの格闘に明け暮れている。これもコロナとの戦いの一部でもあるのだが。

コロナ戦争番外編(ウンチとの格闘)2020年6月6日



封鎖開始から2ヶ月、在宅隔離も我慢の限界が近くなってきている。そんな矢先、13日、再び、31日まで封鎖継続のニュースが流れた。MECQ(修正強化地域防疫)と称しており、工場や事務所の限定的再開などの緩和措置があるようだ。庶民の生活としては食料品の他に日常品の販売が解禁になる。ただし、外出禁止は継続しており、公共交通機関も動いていないので、庶民に取ってはジョギングなどが許されたことくらいが大きな違いだろうか。私としても二ヶ月間一歩も外に出ておらず、外の空気に触れるのは一日一回、新聞を取りに玄関に出る時だけで、いい加減飽き飽きしているのだが、60歳以上は外出厳禁なので、全く変らない生活が続くことになる。 フィリピンの封鎖解除の順番は、現状の最高度の(1)ECQ (Enhanced Community Quarantine、強化地域防疫)の次が今回の (2)MECQ (Modified Enhanced Community Quarantine修正強化地域防疫) で、マニラ首都圏以外の(3)GCQ (General Community Quarantine一般地域防疫)、最後は(4)MGCQ (Modified […]

クッキー(3歳半)の反逆 2020年5月15日、5月17日、18日追記


今日の朝、マニラ封鎖が5月15日まで延長されることが発令された。これで、都合、2ヶ月間の封鎖となる。日本でも緊急事態宣言が発令されてから2週間たって、果たしてその効果はと、周囲はかしましいが、フィリピンはもっと厳しい封鎖(移動禁止、外出禁止、娯楽施設の閉鎖、公共交通、官庁、銀行等の機能停止、モールを始め 食品と医薬品販売以外のほとんどの商店の閉鎖)を3月15日と早々に開始して徹底されているにも関わらず、その成果らしきものは見えず、2度目の延長となった。韓国、中国、台湾などは、終息といえる状況になっていることが、唯一の救いだ。しかし、欧米は終息の兆しが見えるというものの、いわば、高止まりであって、終息とはいいがたい状況で、きっと為政者の得点稼ぎに違いない。 最近のカリフォルニア等での抗体検査によると、抗体をもっている人の数が感染者の十数倍いるとの調査結果が出ているそうだ。ということは、抗体を獲得した多数の無症状感染者がウイルスをばら撒いていたわけで、その結果、抗体を獲得した人が大多数となると、感染が終息を迎えるというわけだ。スウェーデンではあえて封鎖や外出禁止などの規制をしないで、感染後抗体を獲得した人が自然に増えて、ウイルスが封じ込まれることを期待しているそうだ。 それが真実だとしたら、要は、ウイルスに感染して抗体を獲得しなさい、ウイルスに負けたら、運が悪かったですね、となってしまう、いわゆる歩留まりというやつだ。そうなると、感染者が減って封鎖が解除されたからといって、無症状の感染者はいくらでも巷をうろついているわけで、2ヶ月もの間、自宅に謹慎していた持病持ちで抗体を持たない私をはじめとする無垢の高齢者が、のこのこと街に出て行くことは 極めて感染リスクが高いといわざるを得ない。おまけに、感染して入院したら、重症化しやすいし、退院してもしなくても(死んでしまっても)百万ペソ単位の治療費の請求がくるらしい。私は、一切の保険というものは加入しておらず、日本の住民票を抜いているので健康保険に加入できないので、自分が死ぬだけならまだしも残された家族に大いなる負の遺産を残すことになり、空恐ろしく思う。 こうなると自分の身を守るために、封鎖解除後においても当面の間、自主的に自分自身を隔離して感染防止に努めざるをえない。業務は自宅にこもってインターネットと郵送で、顧客とは面会すること無しに遂行する、いわゆる在宅勤務だ。 もっともコロナ大戦後も海外から客が継続してやってくるかどうかも定かではないのだが、そんな在宅勤務がが可能かどうかPRA等の役所の対応次第だ。それが、だめだとしたら、廃業ということも視野にいれなければならないと危惧し始めている。 ところで、海外から顧客が入国できないし面会もできないという状況で、我がビジネスはご多分にもれず、すでに休眠状態なのだが、そこで目をつけたのが、同じく休校で、自宅にこもりっきりのキアン(10歳小4)の家庭教師に再就職することだ。キアンは、3人兄弟となって、それなりに楽しんではいるものの、学校が休みで、ピアノやテコンドウにも通えず、さらに、3ヶ月の夏休みが継続するとなると、半年近いブレークとなる。これは小学校高学年を目前にしたキアンにとって学業そして成長の遅れは取り返しのつかないものになる恐れがある。 封鎖の初期、学校の宿題を手伝っていたとき、キアンが九九が怪しげであることに気がついた。小学校へ入る前に公文に通わせて、算数を徹底的に仕込もうと思っていたのだが、挫折した。 「 キアン、ついに公文をギブアップ 2017年10月13日 」参照。 その後、しばらく私が教えたのだが、やはり餅屋は餅屋にということで、ドンボスコの先生を家庭教師に雇って、2年が経過した。その時、九九の7x、8x、9xをやり残して、家庭教師に任せたのだが、あれから2年、相変わらずそこでつまずくのだ。この2年間全く成長していないのかと唖然とした。 そこで、2年前を思い出して、4年生の教科書の復習から始めようということになった。そこで、教科書も持ってくるようにというと、学校においてあって、ないと言う。しかし、封鎖中で、学校に取りに行くわけにもいかない。そうしたら、しばらく前にBeast Academyという、まさにうってつけのWebsiteのアプリを購入していて、毎日、2時間、その問題集をやることにした。 […]

封鎖中はキアンの家庭教師に再就職 2020年4月25日



新型コロナ感染防止策として、3月15日から実施されているマニラそしてフィリピン(正確にはルソン島を中心とした地域)の封鎖から、すでに2週間経過した現在、ようやくPRAからSRRV保有の退職者にPRAの状況を知らせる通知が届いた。封鎖直前、当方はSRRV申請者を抱えて、PRAの対応がどうなるのか、退職者の扱いはどうなるのか、外国人のフィリピン入出国はどうなるのか、PRAからの情報が混乱しており、右往左往させられた。それがやっと落ち着いた頃になって、PRAからの正式な通知が配布されたのだ。当方としてはすでに周知の事項の羅列だが、退職者の方には始めて届く情報なので、ここに再掲して、要訳を付け加えた。 Mar 26 2020 To all SRRV holders and accredited Marketers; SRRV保持者とマーケッターへ Please be informed that […]

マニラ封鎖に伴うPRAの通知 2020年4月2日


首都圏、そしてフィリピンの封鎖に伴いSRRVを保持してフィリピンに在住している方から、問い合わせが相次いだ。当方にとりわけ情報が入ってくるわけではないのだが、日本大使館とPRAからの情報を注視して私の見解を織り交ぜて役に立つ回答となるように心がけている。そのいくつかは、フィリピン在住SRRV保持者にとって共通な疑問だと思うので、紹介したい。 1.フィリピン在住者の国外退去は必要なのか? 3月20日に発令された PRA通達 によると、外国人の入国制限は日本を含む全ての外国人を対象としたもので、これから入国を計画している場合はまだしも、すべてのビザを取り消すという文言に、フィリピン在住の自分も国外退去になるのかと戦慄が走った。これを聞いたキアンはダダも日本へ帰るのかと涙ぐんでしまったくらいだ。 3月20日午後2時受信:志賀さん、こんにちは。ご無沙汰しております。今回のCOVID-19、コロナウイルス感染防止対策の一環で、昨日に新規ビザ発給停止、発給済みビザ一部が無効になったニュースを読みました。 質問させていただきたいのですが、SRRVは無効措置の対象外という理解でよろしいでしょうか?また、9aを延長している私の後輩は、現在フィリピンに滞在中ですが、今回の措置で延長手続きができなくなったと思います。このまま措置が終わるまでフィリピンに滞在してもいいのか、日本に帰国しなければならないのか、判断に困っております。 3月20日午後3時回答:特に根拠はないのですが、SRRVは対象外だと思っています。PRAの職員に聞いてみますが、返事をもらえるかどうかわかりません。9aについては、この状況から、延長はできないと思います。そうなると出国しなければならないことになりますが、飛行機が飛ぶかどうか、チケット取れるかどうか、空港にに行けるかどうか、確信はないですよね。仮に出国が困難で、そのままフィリピンに滞在したとして、後日処罰されるということがあるとは思えません。動けば動くほど感染のリスクは高くなるので、この際、じっとしているのが一番ではないでしょうか。ルソン島の封鎖は人が動くのを防止するのが趣旨だと思うのでジタバタしないほうが良いと思います。 3月20日午後7時回答:大使館情報を入手したので転送しました。SRRVも9aもこのままフィリピンに滞在可能です。ただし、SRRVを含むいかなるビザを保持していようともフィリピン人の配偶者と政府筋の外国人以外は入国できないようです。理にかなった処置だと思いますが、さらにDFA(外務省)発行の大元の入管通達を入手したので送付します。 2.SRRVは将来とも有効なのか? 3月19日発行された入管通達(SRRVも含めてすべてのビザを取り消すという処置)は、現状が回復した後も有効なのか、それがYESだとしたら、SRRVも政府の意向でいつでも取り消すことができるわけで、無期限有効・出入国無制限というのは謳い文句でしかありえず、SRRVの信用は失墜して存在価値を失ってしまう。 3月27日受信:志賀様 その節は、SRRV取得の為に親子で大変お世話になりました。いかがお過ごしですか?お伺いしたい事があり、ご連絡させて頂きました。私共は、コロナウィルスの影響を懸念して、3月19日より日本に一時帰国をしておりまして、その後、全てのVISAの無効を知りました。SRRVも再度取得し直す必要があるのでしょうか?もしくは、一時停止が解除されれば有効になるのでしょうか?お忙しい所、恐縮ですがご回答よろしくお願い致します。 3月27日回答:ご無沙汰しています。PRAは、3月19日「コロナ感染防止策の一環として、すべてのビザを無効とし、外国人(フィリピン人の配偶者と政府関係の外国人を除く)の入国を禁止する」という入管の通達に対して、PRAとしてSRRVの有効性を再確認するためのPRA通達を発効しました。一体何が言いたいのかわかり難いのですが、要約すると「SRRVは引き続き有効であるものの、現状の封鎖状態が解除されるまで、例えSRRVを保持している外国人でもフィリピンへの入国は出来ない」と言う事です。 3.SRRVは永住ビザ(Permanent Resident […]

フィリピン封鎖に伴うSRRVの扱いに関するFAQ 2020年4月1日



マニラ封鎖が始まって2週間、自宅にこもって、ひたすらテレビとインターネットで新型コロナのニュースを追っている毎日だ。封鎖といっても 食べるものさえあって、 風邪でも引いて寝込んでいるのだと思えば、 さほどなことでもない。テレビやインターネットのニュースで世界中が同様な状況にあると知れば、じたばたしても始まらないし、焦ることもない。イランや北朝鮮の経済封鎖といっても、そこに住んでいるものにとっては、きっと単なる日常にすぎないのだろう。 テレビやインターネット、そして新聞も毎日来て、情報があるということが大きな救いになっている。SNSでメディア以外の情報もはいるということも、物理的に分断・隔離されているとはいえ、平静を保っていられる要因の一つだろう。第2次世界大戦のころのように情報はラジオと新聞だけで、それも政府に捻じ曲げられているものばかりでは、耐え難いものがあったろうと想像される。 封鎖中にもかかわらず、フィリピンもじわじわと感染が広がって、キアンの主治医が感染したとか、賃貸の世話をしている高級コンドミニアムから感染者が出たとか、身近なところで感染者が出はじめている。日本でも志村とか藤浪とか、有名人が感染したとニュースが流れているが、こんな私的なことまでニュースになるのは有名人の辛いところだろう。 東京も封鎖が近いとか噂が流れているが、すでにマニラがそうであるように、封鎖されると人々は家に閉じこもり、食べることと医療以外、すべての社会・経済活動を禁止される。そうなると、航空、宿泊、飲食、交通、娯楽等のサービス業界は売り上げがなくなり、日銭で生活している人々は収入の糧を失い、食うこともかなわなくなる。 マニラも1ヶ月ということで封鎖が開始されたが、世界的に感染のピークはまだまだで、あと2週間で解除されるとは考え難い。この状況が長く続くと、経済的打撃は計り知れないものになるだろう。そのため、世界各国の首脳は、庶民の危惧を払拭しようとポスト・新型コロナの経済政策の発表に余念がない。逆に言えば、彼らはポスト・新型コロナの世界経済を非常に悲観的に見ているのだ。 1900年代初頭に世界を飲み込んだスペイン風邪では 数億人が罹患し4000万人が亡くなくなったといわれるが、その対策は、水際対策、飛沫予防そして隔離が主なものだった。そして、多数の人が罹患して、免疫を獲得してようやく収束に向ったそうだが、未知の自然相手では、人間が生物として備えている免疫というシステムに頼るしかないのだ。 現在、人類はワクチンという近代兵器を獲得してウイルスとの戦いに勝利してきた。しかし有効なワクチンがない新型コロナの対策はスペイン風邪と代わりがなく、現代医学もたちうちできない。ワクチンの開発には少なくとも一年は必要だそうで、1ヶ月やそこいらで今の状況を抜け出せるとは思えない。したがって、各国の首脳が描いている経済対策が必須のものとなるのだろう。 新型コロナ戦争が人為的なものなのか、事故なのか、あるいは自然災害なのか諸説あるが、無差別的に世界中を巻き込んで人類を分断・隔離している状況は神がかり的であり、過去人類が繰り返し経験してきた人類存続の危機であるとさえ言える。地球温暖化が地球の危機として取り沙汰され続けてきたが、とんだ伏兵が出てきたもので、中近東の局地戦などは人類のままごとにさえ映る。 いずれ新型コロナも克服されるときが来るだろうが、そのとき、戦後経済はどうなるのだろう。人と人との交流・接触による社会・経済活動に懲りた人類は、実体経済を捨てて、現在、社会・経済活動の主流になりつつあるサイバー空間での活動に傾注するだろう。すなわちGAFA(Google, Apple, Face Book, […]

新型コロナは新型世界大戦なのか2020年3月29日


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本日、2020年3月15日、コロナウイルスの感染防止策として、マニラ首都圏の封鎖(Lock Down)がスタートする。このようなことは前代未聞の出来事で、世界中がパニックに陥っており、聖域だと思っていた南国ーフィリピンも例外ではなかった。マニラ首都圏への空路、陸路、海路による出入の禁止、学級閉鎖はもとより行政機関の機能停止、イベント等の禁止、夜間外出禁止など、徹底したもので、4月13日の解除までの一ヶ月間、庶民はひたすら耐えるしかないようだ。さらに感染国(日本を含むかどうかは現時点では未確定)からの入国についても制限するというものでフィリピンそのものの封鎖とも言える。 外国人の退職ビザのお手伝いをするという商売柄、外国人の入国制限、マニラ首都圏の封鎖、行政機関の機能停止という状況は、私にとって、まさに死活問題である。当面、全ての活動が凍結されることになってしまったわけだが、今日に至る経緯を振り返ってみた。 年末年始の馬鹿騒ぎが終わると、すぐに私の誕生日(1月11日)がやってくる。73歳になってしまって、引退を強く意識せざるをえないが、後継者がいないので、何とかしないといけないと悩む今日この頃だ。そして、2年間の長きわたって決着のつかなかったタガイタイの住宅の販売支援で、ついに契約の詰めに到り、翌12日、タガイタイに赴いた。その帰り、危うく巻き込まれるところだったのがタアル火山の噴火だ。それから、月末まで、新聞は連日噴火の記事でにぎわった。 タアル火山の記事が下火になってコロナ・ウイルスの記事が一面をにぎわせはじめた矢先のことだ。2月3日、日本人の退職ビザの申請をしている最中にPRAスタッフがざわついて、「PRAトップからの指示で、すべての申請者はクワランティン(検疫)からコロナウイルス感染が陰性であるという証明書をもらってこなければ申請を受け付けない」というのだ。PRA通達(1)参照 そして、翌日、さらに別のアメリカ人申請者とともにクワランティンに向おうとしている矢先、PRAのスタッフから電話があって、新たに通達が出て、「中国、香港、マカオ経由でフィリピンに来た申請者のみ、申請拒否の対象とする」、と訂正されたと告げられた。これで一安心と、ほっと胸をなでおろした。PRA通達(2)参照。まさに朝令暮改も甚だしいところだが、国家の中枢がどう対処していいのかわからず混乱しているためであろうということで仕方が無いことであろう。 中国、香港、マカオ経由での入国は制限され、さらに台湾が含まれるとか含まれないとか、当方としては中国からの申請者が激減して、返ってスムーズに手続きが進んでありがたい、などと気楽に構えていた。 日本ではクルーズ船がどうとか、北海道で感染者が急増とか、話題になっていたが、フィリピンでは帰国者の数人に感染者が出たくらいで、所詮インフルエンザと同類の新型コロナ肺炎も南国では自然消滅するものとたかを括っていた。しかし、韓国、イタリア、イランなどの国で感染者が急増しているという状況で、世界的に警戒心が強まって、3月になって、当方の業務にも多大なる影響を及ぼすことになった。 3月9日の週から事態があわただしく展開していった。10日(火)から週末まで、学級閉鎖で、キアンが学校に行かない。つい先日、日本でも全国的に学級閉鎖となっていたが、何でマニラでと違和感を覚えた。 子供達がモールなどを訪れてはいけないというお達しがでているというので11日(水)のピアノ教室も欠席、さらに、この週末にはマニラ首都圏が封鎖されるかもしれないという噂を耳にして、息子の恵之一家は嫁の実家(マニラ北方100km)に避難した。一方、ママ・ジェーンは水と食料の買い出しに走った。2月初めに申請した件の日本人とアメリカ人のビザは12日(木)までになんとか発行にこぎつけて難を逃れた。 そして12日(木)未明の大統領の「マニラ首都圏封鎖」の発令にいたった。これを知ったのは翌朝のフィリピン大使館からの情報( 緊急大使館情報その11(3.13) )で、すべての行政機関は機能停止するというただならぬ情報だった。 13日(金)早朝、まさに申請を直前に控えていた退職者の一家と一緒にPRAに赴いた。前日の通達によると申請は郵送で受け付けるというものだったが(PRA通達(3))参照)「これは12日未明の大統領の発令前にはっこうされたもので、変更される と思うが、どう変更されるかわからない」というので、当方としてもどうしたものか思案のしようもない。 […]

コロナウイルスでマニラ首都圏が封鎖(Lock Down)2020年3月15日、17日、21日追記